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2014-09-13 12:00 | カテゴリ:ショートショート・フィクション


「なつのこい」


 小さなころに飼っていたイヌの名をつけたのは元気だったころの母だった、私が高校生として最初の夏休みを終えたばかりの九月の半ばに母は倒れ、何度かの入退院を繰り返したのちに帰らぬ人となった。

 下降する直前のジェットコースターで目覚めてしまったように慌ただしくて、私と家族はあらゆる運命が急加速、急展開する時間に閉じ込められたような気分だった。

 そのころの記憶はどこかあやふやになってしまっている。前後と左右の感覚を失くした鳥が落下してゆくのをテレビで観たことがあるんだけれど、それに似ているような気がする。

 巻き込まれてしまうと落ち着くところにまで落ちてしまうか、それがどんなかたちであっても着地してしまうまでは揺れることも戸惑うこともできないのだ。嵐は去ってしまうまで静かになってはくれないものだと父は言って、私はその言葉をイヌに話してみたことがある。

 そのイヌも母を追うように冬を待たずに死んだ。はっきりとした原因はわからなかった、とにかく、彼もまた私のそばから離れたのだ。

 狭くなりつつあったゲージに右前脚をかけて冷たくなっていた。突然、真冬になってしまったような吐く息の白い朝のことをよく覚えている。寒さで目覚め、クローゼットから引っ張り出したパーカは袖口の切れた糸がもつれて丸くなっていた。


 初めての恋は初めての失恋を連れて18歳の夏に訪れた。
 一ヶ月にも満たない、シャボン玉のような時間だった。
 ふわりと浮き上がって、ゆらゆらと漂い、くるべき時間がきて弾けて割れた。それだけだった。

 一定期間だけ不相応に思えるほど求められ、必要を説かれ、注げるだけ注げられて器から溢れると新たに注がれた。
 私はまるでお姫様のような気分だった。
 期限こそついていたし、それは事前に伝えられてはいなかったけれど。

 思い出したことがある。
 イヌが死んだとき、私はからからに乾くまで泣いて、何日か学校を休むまでした。なにもかもを失くした気分だったけれど、私はそのイヌを特別に大切にしていたと思えない。
 抱きかかえることができた子犬のころの半年ほどは溺愛したけれど、一年を越えるころには彼は大きくなりすぎ、抱きあげるには重すぎた。
 散歩は早目に切り上げたかったし、食事の世話だって面倒だった、なにかをせがんで声をあげる彼にうるさいと怒ったこともある。


 九月の半ば、リゾートホテルのアルバイトが終わる私は「帰る」と彼に告げた。
「東京でまた会える?」とか「今度はどこで会う?」とも訊いたはずだけれど忘れてしまった。
 ともかく、私は大学のある街へ帰らなくてはならない時期だった。
 スロープから夕陽に溶ける海を見ていた、眩しくて直視できなかったから隣の白い横顔をじっと見つめていた。

「ここを離れるんだ?」
「うん。だって学校があるし、ここのアルバイトは夏の間だけだから」
「そうだね」
「短いね、一ヶ月って」
「うん。始まるときはずっと続くように思うんだけど……」
「だね」

 流れる風が乾いていた。セミたちの声はほとんど聞こえず、手すりの銀色で羽根を休めているのは赤いトンボだった。
 それから私たちは話さなかった。話すことがあるはずなのに、どうしてか言葉にはならなかった。きっと、したくなかったんだと思う。

 時間がすべてを変えるとは思わないけれど、でも、ほとんどすべてを変えてしまうと私たちは知っている。
 なにかの偶然が私たちを交差させることも知っている。抗いようがないことだらけであることなら、私はきっと誰よりよく知っている。

 思い出だとか、経験だとか、そんなふうに美化ばかりはできない。過ぎたからこそ美しく思えるけれど、美しく思い出せることはとても忘れてしまいやすいことでもある。

 時は過ぎる。
 それがなにかを壊してしまったとしても、時は壊れたりはしない。

「元気で」
 最後の言葉はその一言だった。私もそう言った。最後になるかどうかなんてわからないから、別れ際はいつもそう言う。
 なにがあっても、なにもなくても、元気でいてくれたら、それだけでたぶんきっとあなたは大丈夫。

 そう、それは母の最期の言葉だ。






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