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2014-07-21 12:00 | カテゴリ:【小説】国境線上の蟻
埠頭 防波堤 伊保港 画像

モデル 鳥谷敬 イラスト 画像

国境線上の蟻 #10


 君が放った銃弾によって、ワン・イーゼンは絶命した。小口径のピストルだった、至近距離からの頭部への狙撃以外に方法はなかった。
 額から後頭部へと貫通した弾はアスファルトに跳ね、弧を描いて水面へと消えた。

 戦争の仕掛け人として、武器商人として暗躍した男はその生涯の凄絶さに比べ、呆気なく感じるほどに無抵抗だった。
 表情こそ変えなかったが、その最期は微かに安堵を見せたような、そんな気がした。
 ジャポーネの子供として生まれ、チャイネの侵略者に故郷と家族を殺され、タイ・ペイにて暗躍者として育った。
 名前は数知れず多く、だが、誰にも必要とされず、誰も必要としなかった。

 君は思う。
「どこかの誰かとまるで同じだ」と。
 ジェンを名乗った君は真下に横たわる父の亡骸を眺めるでもなく眺めていた。血の匂いに気づいたか、蟻たちが列を作りつつある、そして、上空にはカラス数羽が旋回していた。死の瞬間、生命は生命に還元される。
 それは野生のルールであり、本来は世界の理だったはずだ。

 君はジェンとして生きた短い時間をここで終えることにする。おそらく、彼が此処で終わることは決まっていたことだ。
 ジェンはそう決めていた。孤独な命は誰かの傍らで果てはしない。
 場所を探していただけだ、最終地点はずっと前から決まっていたのだ。

「誰もいない……誰も知らない……独りでどこかへゆき、そこで終える」
 そう話した夜のことがふとよぎる。
 目覚めた瞬間、始まる悪夢はこの最果てにて完了する。もう何も見ない、何も聞かない。
 自由だ、君は思う。

 水平から銃声が届いた。ワン・イーゼンを迎えにきたクルーザーだろう、確かに約束どおりの時間だった、彼は渡航するつもりだったのだろうか。分からない、だが、彼の跡はやはり血が流れる抗争によって束の間の秩序がもたらされるのだろう。

 君は一発だけを残したピストルをこめかみに構える。タバコに火をつける。深く呼吸し、弾き鉄に指をかけた。
 透明になってゆく。そんなふうに思えた。眼を閉じ、耳を閉じ、感覚を遮断する。

 遠くから鳥の泣き声が聞こえた気がした。幻聴かもしれない、確かに歌っていたのかもしれない。その歌はどこかで聴いたことのある旋律だった。

 君は口笛を吹く。
 クルーザーを追う警笛と制止を促す破れた音声に歌と口笛は掻き消される。
 それでも鳴らす口笛は、懐かしい故郷の子守唄だった。
 歌い終えるのを待たず、君は弾き鉄を引く。
 静謐を嫌う国境で、君は独り永遠の静寂を手に入れた。
 青みのなか、黒く汚れた羽根が散った。その光景を見ているのも蟻だった。

埠頭 防波堤 伊保港 画像



…………終

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2014-07-20 12:00 | カテゴリ:【小説】国境線上の蟻
網干渚公園 工事中 干拓地 画像

高砂臨海公園 波打ち際 海 画像

国境線上の蟻 #9


 足下には蟻が歩いていた。連なる粒の群れの先には息絶えた死骸が見てとれた。鳥か犬か猫か、或いはそれ以外か。
 なんだっていい。
 君はそう思う。何であっても、果ては同じだ。

「生まれ育ちを思えば、私はずいぶん長く生きた。何処かの誰かの血を吸い続けてきたからだろう。善も悪も、割り振ってしまえば差はない」
 小さな黒い粒はそのひとつひとつが足を持ち、動き、群れとして連動している。役割があるだけだ、感情はない。

「昔……そう、ずいぶん昔だ。お前が生まれる前のことだ。この国は資源のない小さな島国だったが、美しく、人々が心を持つ国だった」
 既に絶えた生き物に覆い被さる蟻たちは黒く変色した血にまみれている。その行進は止むことがない。噛み千切り、砕き、破片となった肉が運ばれてゆく。

「子が親を、或いはその逆も……売買の道具にし、食い散らかすにまで成った。人は単なる動物だ、その原理に戻りゆく過程に過ぎないのが今だ」
「昔話はいい」
 何もかも過ぎるだけだ、君はそれを知っている。
 もちろん、彼も知っている。
「悪くはなかったはずだった、だが、振り返ると悪い夢を見せられ、運び続けられた死骸のように思える」

 個体を遥かに越える巨大な肉塊も、やがては残らず消えてゆくだろう。蟻たちはそれに費やす時間や労力など考えたりはしない。
 それは理である。

 君は弾き鉄に指をかける。震えもなく揺らぎもなかった。
 完全な空白として君はいる。
 蟻たちが命を漁り終えることを見届けることはない。

 夜は明けた。
 君とかつての君に似たもう一人の間には静謐だけがある。終わりを待ち、探し続けた果ての景色はわずか先に国境がある。
 そして君たちは境界の線上に存在する儚い魂に過ぎない。もう思い出すことはない。思うこともない。

「終わりだ。望みどおり、お前を完全に消滅させてやる」
 一歩。二歩。
 君は歩み寄り、かつての君の額に銃口を向けた。

 どこからか吹鳴が届いた。サイレンも聞こえる。停止していた時間は再び刻み始め、太陽が再生する。
 横たわる君はアスファルトの感触を背中に感じていた。
 眼を閉じる。口笛を鳴らそうとして肺が爆ぜる。痙攣が止まらなかった。
 君は歌おうとする。だが、誰にも歌には聞こえないだろう。赤い泡が弾け、胸が上下する。
 傍らには年老いた君が眠っている。完全にして永遠の眠りだ。

 ふと眼を開けた。
 君の真上、青みのなかに飛んでゆく鳥の姿が映った。
 それはいつか見たときのように美しい光景だった。



……続劇



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2014-07-19 12:00 | カテゴリ:【小説】国境線上の蟻
海岸 大西洋 海 画像

鳥谷敬 阪神タイガース イラスト 画像

国境線上の蟻 #8


 君は見ている。
 視線の先に広がるのは海だ、かすかに島影を捉えたような気がした、それが唯の幻影だとしても、遥か先には此処ではない地が存在している。
 美しくはない、同時に醜いわけでもない。内実はどちらをも内包して、富める者と貧しきものが同じ空の下に呼吸を続ける。

「お前は私を殺したいんだろう」
 何を見ているのか、それは分からない。背中はどちらも同じ北を向いている。
 君と君の父はまるで非なるようで、その佇まいには経年差こそあれ同じ人間としての孤独が色濃く匂う。
 君が孤独であるように、彼もやはり孤独だ。視点を変えれば、彼の影は君の影に重なる。

「そうだ。あの日からずっと……俺はお前を追いかけていた」
 泣いているように聞こえた。海鳥たちが声をあげる。シルエットは影になり、風に掻き消される煙のように黒く儚い。

「ずっと昔……そう、ずっと昔の話だ。私にも若かったころがある。いまのお前よりも若いときが」
 ワン・イーゼンはタバコをくわえた。君はその先端に火を与える。煙が流れ、徐々に空へ溶け込んでゆく。
 高く、広大だった。君が思うよりもずっと高く広大だった。
「それがどうした?」
「それだけだ。お前は私を薄汚い老人だと思うだろう。だが、その瞬間、君はその薄汚い者に歩み寄ってゆくことになる」
 君は何も言わない。
 ふたりの距離は数メートルに過ぎない。岬の突堤に渇いた風が流れ、君と君が憎み、探した者の隙間を走り去ってゆく。
 分け隔てているものは障壁ではない。一歩を踏み、摑む意思があれば一秒すら不要だ。彼の呼吸さえもが届く。老いを混じらせてはいる、だが、恥らしきはそこにはない。

「ポケットにはナイフ。懐にはピストル。お前はそれを持っている。私が買い与えたと言えるのかもしれない」
 この国に流通する武器のほとんどは、男を『ワン・イーゼン』として財と地位を築かせる道具だった。
 そして君にとって、彼は既に忌むべき者ではなくなっていた。

「選ばせてやる。ナイフでもピストルでも、お前が選べばいい。最期だ、一瞬で終わらせてやる」
 君は思い出す。
 季節を越えるために飛び立った鳥が銃弾に弾け、羽根を撒き散らせながら落下してゆく瞬間を。
「親切だな」
 ワン・イーゼンを捨ててゆく、在るひとりの日本人が振り返る。歪んではいたが笑顔だった。
 かつての謀略者も、ときにこんな笑顔を見せたのだろう。

「俺はお前を殺すんだ。親切さなんて、ないよ」
「君は私をここまで連れてきたじゃないか」
「それは仕事だ。ここからは契約にはない。俺の個人的な意思だけだ」
「人は……」
 君の目の前の痩せた初老は語り始める。
「人は……人の生きる時間はときに長すぎる。そして感情的に過ぎる。時間が半分になり感情が半分になれば、静かに穏やかに生きる手段を見つけ出せたのかもしれない」
「仮定の話なんて俺は興味がない」
 だが君は生まれ育ち、歩んできた時間のことを想う。
 そして、君はピストルをかまえた。



……続劇

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2014-07-18 12:00 | カテゴリ:【小説】国境線上の蟻
明石海峡大橋 海峡 画像

明石海峡大橋 海峡 画像

国境線上の蟻 #7


 海峡を越えてゆく、君が走らせるピックアップ・ヴァンは本土とシシュウを繋ぐビッグ・ブリッジを走行していた。

 かつてのように整備されたアスファルトではない、剥がれて凹凸をつくり、路肩の切れ目から痩せた雑草が伸びているのが確認できた。
 君はいま、運び屋としての職務を全うするスペシャリストとしての手腕で以て、速度を緩めず、同時に超過することもなく、安定速度を保つようにアクセルを踏み続けている。

「長いのか?」
 ワン・イーゼンが君に問う。それだけでは真意を図ることはできない。
 意図的に主語を省略している、君はそのことに気づいていた。

「何がだ?」
「この仕事だ。正業とは言えないだろう……もちろん、私が言えることでもないがね」
「十年になる。選んだわけじゃない。選択肢がなかった。それだけだ」
「素直だな……。私がお前のことを探っているとすれば、どうする?」
「……ハンドルを握っているのは俺だよ」
「私に主導権はないと?」
「俺はあんたを運ぶだけだ。それが契約だろう」
 それを最後にワン・イーゼンは口をつぐんだ。
 だが、君は助手席の彼が忍び笑いを浮かべていたことに気づいていた。
 
 不愉快なはずだった。
 苛立つはずだった。
 しかし君はそのような感情を殺していたわけではなかった。
 君は君のなかにあるべきはずの感情が消えつつあることをまだ知らない。
 ポケットのなかのナイフの感触を確かめる。
 初めてそれを手にしたときのように硬く冷たい。真冬の海に棄てられていたように凍りついたままだ。
 刃を開き、その尖端に親指をあてがう。体温ほどの液体が微かに流れる。
 その温度の差は君を連れ戻してゆく、もう戻れないと確信した日の朝に。

 あの日の、朝。
 君は兵かテロリストか、暴虐を尽くした獣が置き忘れたナイフを手にした。
 農機具小屋で震えているだけだった君が、溢れ返る鮮血の地で、ワン・イーゼンの名を、そしてその嗤う声を知った日の朝のことだ。

『これで良かったので? ミスター・ワン』
『なにを言いたい?』
『……あなたは……そもそも……』
『私に祖国はない。故郷もだ。これでいい』
 君は小窓から殺戮者の背中を見ていた。街の誰よりも大きかった。彼らは楽しんでさえいた。
 二足歩行の獣だった。その中心で泣いているようにも見えた、最も惨めな獣こそがワン・イーゼンだった。



…………続劇

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2014-07-17 12:00 | カテゴリ:【小説】国境線上の蟻
市街地 香港 ブレードランナー 画像

市街地 香港 ブレードランナー 画像

国境線上の蟻 #6


「……ジェン」
 誰かが君を呼んでいる。君はまだそれに気づいていない、俯いている、目深にかぶったハンチングで目元は影になっていた、片手はコートのポケットに入れ、壁に背を預けて所在なさげに立っている。
 君はいつもそんなふうに立ってきた。

 物語は少し時間を遡る。
 君が彼に出会ったときのことだ。
 君はその名を「ジェン」
と云う。偽名だ。だが本当の名前など既にないものとしている。

「君がジェンか?」
 顔はあげない、視線だけで君を呼ぶ声に反応する。
「私だ。君だな、ジェンという若者は」
 ああ、あんたか。
 声は落ちてゆく。通りはクラクションと嬌声に満ちている、そこで使われる言語は様々だ、どれもがノイズに聞こえた、君は雑踏に紛れこんでいる。気配を殺し、空気のように漂う。
 君はそれを術として各地を転々と生き延びてきた。

「ルートは任せる。三日後の午前四時半、アンゲイの港湾再開発地帯にある港へ運んで欲しい」
 店内は薄暗く、照明と言えるほどの照明はなかった。君と男が正対するボックス席にはテーブル端にキャンドルが灯されている。
「アンゲイ……? アキのことか」
 カウンターには長い髪をカチューシャで抑えた浅黒い中年が染めた金髪と編み込んだ髪の女と何かを話している。
 何を話しているかまでは分からない。
「……君はジャポーネか。チャイネかタイ・ペイかと思ったがな」
 男の手の甲には地球を象ったタトゥーがある。円に沿ってヘビが一周し、その中央の国の上でヘビは牙を剥いていた。

「名前はない。今回の依頼のコードだ」
 君はいま名前を持たない。棄ててしまった。だが、忘れてはいない。
「まあ、どちらでもいい。私は人種にはそう興味がない。案件に問題は?」
 男は流暢な公用言語を操った。この島の国が長いのだろう。
「とくにない。三日後、シシュウのアキ、再開発地域の港だな。だいたいの位置は分かる」
 君は手渡された地図を眺める。地名、湾、外海、それぞれに三種の言語が割り当てられている。
 本土から伸びるカイキョウ・ブリッジを渡れば男が目指す島があった。

「私はワン・イーゼン。パプリック・ドメインだが、君はその名前を知っているはずだ」
 ああ。君は口にはせずに相対する男の顔を見つめた。

 ワン・イーゼン。
 知っている。それが偽名であること、そして何者であるかも。

「出発は明日、この店の前だ。夕刻に迎えにくる。2019年型フォードのピックアップ、色はディープグリーンだ、俺はクルマで待ってる」
 君はそう言って席を立った。
 翻したコートの風がキャンドルから炎を奪う。瞬間、君は振り返る。
 持っている写真とは違う、だが、紛れもなく探していた男だった。

 十年。
 君が最初にその顔を刻みつけたのはまだ十代のころだった。
 十年か。君は思う。
 少年は大人になり、最速でたどり着いたはずだ。そのぶん、写真の男は年月ぶんの歳を重ねている。

……あの日ほどの威圧は、背から立ち昇るような殺意は薄れつつある。
 最初で最後だ。
 君はポケットのなかの拳を硬く握る。いつかのシベリアのように、上下の奥歯が震えて断続的に鳴っていた。

 

……続劇

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